【第5/6回】きのこ(菌類)の知られざる正体

生命の歴史

雨上がりの森に、ひょっこりと顔を出す「キノコ」。

その姿を見て、私たちはなんとなく「植物の仲間」だと思いがちです。私自身も、この壮大な生命の物語を探求し始めるまでは、そうでした。

しかし、ふと気づきます。「キノコは、緑色じゃないな」と。植物の最大の特徴である、光合成をしている様子もありません。

その小さな疑問を入り口に、キノコの正体を探る旅に出ると、そこには私たちの常識を覆す、驚くべき事実が待っていました。植物よりも、むしろ動物に近い、第三の生命の姿が。

さあ、私たちの常識を覆す、偉大なる“第三の生命”を巡る冒険に、出発しましょう。

第1章:キノコは植物ではない 〜動物に近い、第三の生命〜

シイタケ、エリンギ、シメジ、マイタケ、マッシュルームなど日常の食卓を彩るキノコも、高級食材のマツタケやトリュフにもキノコには緑色のイメージはありません。ずばりキノコは葉緑体を持いません。そのため、植物のような見た目をしているのにもかかわらず、光合成はできないので、自分で栄養を作れない「従属栄養生物」です。この点では、私たち動物と同じですね。

そして、私たち動物が食事で得た栄養をエネルギーに変えるのと同じように、キノコも吸収した栄養をミトコンドリアで「酸素呼吸」に使い、活動エネルギーを得ています。エネルギーの作り方まで、動物とそっくりなのです。

さらに、キノコ(菌類)の体を支える細胞壁の主成分は、植物の「セルロース」ではなく、「キチン質」なんです。このキチン質とは、実はエビやカニの殻、昆虫の外骨格を構成している主成分なのです

見た目は植物、しかしその魂は、驚くほど動物に近い。これこそが、私たちの常識を覆す、第三の生命体――菌類の、驚くべき“正体”なのです。

では、そんな彼らは、自然の中で具体的にどのような暮らしをしているのでしょうか。次の章では、その多様な生き方に迫ってみましょう。

第2章:森の錬金術師 〜分解者、共生者、寄生者〜

キノコ(菌類)には分解者、共生者、寄生者という三つの顔があります。

分解者(森の掃除屋)

キノコの一つ目の顔は、「森の掃除屋」としての顔です。

枯れた木や落ち葉に含まれる、植物にしか作れない硬い成分(セルロースやリグニン)を分解する役割を持っています。これがなければ、森は枯れ木だらけになってしまいますが、キノコの体外に分泌した酵素で分解し、土に還す働きのおかげで物質循環がスムーズになります。

そして、この分解プロセスの中で、土壌には「腐植(ふしょく)」と呼ばれる栄養豊かな層が作られます。実は、前回の物語で海に鉄分を届けた、あの「フルボ酸」も、この腐植が作られる過程で生み出される、重要な物質なのです。

なお、シイタケシメジマッシュルームなど、私たちが普段食べているキノコの多くが、このタイプです。

共生者(植物のパートナー)

キノコの二つ目の顔は、植物の「最高のパートナー」としての顔です。

第3回の記事で、植物と菌類が「共同作戦」で陸上に進出した物語を紹介しました。その作戦の鍵こそが、この「共生者」としての菌類の働きでしたね。

おさらいすると、植物はエネルギー(糖分)を作れましたが、岩だらけの大地から栄養(ミネラル)を吸収する「根」が貧弱でした。一方、菌類は岩を溶かしてミネラルを吸収できましたが、エネルギーは作れませんでした。

そこで両者は、菌類が植物の根となってミネラルを渡し、植物がその見返りにエネルギーを渡す、というWin-Winの共生関係(菌根菌)を築いたのでした。

実は、この関係は過去の話だけではありません。 現在の地球の森林でも、この菌類と植物のパートナーシップは、生態系の根幹を支え続けているのです。そして、その関係は時に、私たち人間に最高の「贈り物」をもたらしてくれます。

この共生関係は、非常に特定の植物としか結べないケースが多く、それが希少価値を生んでいます。

  • マツタケ: マツタケは、なぜ『アカマツ』の林にしか生えないのか。それは、彼らがアカマツとしかパートナーシップを結べない、義理堅い共生者だからです。
  • トリュフ: 同じく、特定の樹木(ナラやカシなど)の根と共生しています。

この菌根菌のネットワークは、土の中で木々を繋ぎます。それは単なる栄養のやり取りではありません。木々同士で栄養や危険を知らせる情報をやり取りするための、まさに「森のインターネット」なのです。共生者として、菌類は植物と生命のウェブを織りなしているのです。

寄生者(少し怖い顔)

しかし、菌類の生き方は、このような平和的なものばかりではありません。時には、他の生物の体に取り付いて、一方的に栄養を奪い取る、「寄生者」という少し怖い顔も見せるのです。

キノコが昆虫の体に寄生し、その栄養を吸い尽くして体を乗っ取り、最後には頭や体からキノコを生やすという「冬虫夏草」を知っていますか?

漢方薬や健康食品として珍重されている「冬虫夏草」ですが、キノコは植物と共生しながらも強かに地球を生き抜いてきたのです。

森の掃除屋である「分解者」。 植物と手を携える「共生者」。 そして、時には他の生物を乗っ取る「寄生者」

このように、キノコ(菌類)は、実に多様な顔を使い分けながら、この星のあらゆる場所で、生命の循環に深く、そして静かに関わっています。

彼らは、植物や動物のように、決して表舞台には立ちません。しかし、その目に見えないネットワークと化学的な力によって、陸の生態系の誕生を促し、今なおその根幹を支え続けている。キノコ(菌類)とは、まさにこの星の“影の支配者”と呼ぶにふさわしい存在なのです。

第3章:菌類の故郷はどこか? 〜進化のミステリー〜

これまで、陸の生態系をゼロから作り上げた、菌類の偉大な働きを見てきました。植物と共に陸に上がり、森の掃除屋となり、時には植物の最高のパートナーとなった彼ら。
では、そんな彼らの「故郷」、つまり菌類というグループが本格的に進化を始めた場所は、一体どこだったのでしょうか?
「生命は海で生まれたのだから、当然、海でしょう?」…そう考えるのが自然かもしれません。しかし、科学者たちが化石や遺伝子という「証拠」を調べていくと、全く違う、驚くべき可能性が浮かび上がってきたのです。

現在見つかっている、間違いなく菌類と言える最古の化石は、海の地層ではなく、陸の地層から発見されています。一方、海の菌類の化石は、それよりずっと後の時代のものしか見つかっていないのです。

現在地球上にいる、多種多様な菌類の遺伝子(DNA)を比較し、その「家系図」を遡っていくと、主要なグループの多くが陸上で誕生し、多様化したことが示唆されています。

生命全体の遠い祖先は、確かに海で生まれました。しかし、「菌類」というグループが、その多様性を爆発的に広げ、繁栄を始めた主要な舞台は、どうやら「陸」だったようなのです。

そして、陸で進化した菌類の一部が、再び「海」という新天地(あるいは故郷)へと、再適応していった。これが、現在の科学が描き出す、菌類の最も有力な進化のシナリオです。

陸上で進化した哺乳類の一部が、クジラやイルカとして再び海に戻っていったのと同じような、壮大なUターンです。

おわりに:私たちの足元に広がる、偉大な王国

見た目は植物のようでありながら、その正体は動物に近い、第三の生命。 森の掃除屋として物質を循環させ、植物の最高のパートナーとして森を育み、時には寄生者として厳しい自然の顔を見せる。 そして、その進化の主要な舞台は、海ではなく陸であった可能性が高い。

私たちが普段、あまり意識することのない「キノコ(菌類)」。その正体は、これほどまでにダイナミックで、奥深い歴史を持つ、偉大な存在でした。私たちの足元に、こんなにも壮大で、不可欠な“王国”が広がっている。その事実を知ることは、私たちが自然を見る目を、そして地球との関わり方を、少しだけ変えてくれるかもしれません。

次回は、いよいよこのシリーズの最終回。40億年の生命史を振り返りながら、その先に待つ未来について、考えていきたいと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました