【第3/6回】史上最大の上陸作戦!

生命の歴史

現代の地球は、緑と生命で溢れています。しかし、ほんの5億年前まで、陸地は火星のように茶色く、生命の気配のない不毛の世界でした。

海の中では生命が満ち溢れていたというのに、なぜこれほど長い間、陸は空っぽのままだったのでしょうか?

今回は、その絶望的な環境に、果敢にも挑んだ三組の開拓者たちの物語です。

第1章:第一次上陸部隊 〜植物と菌類の共同作戦〜

そもそも、なぜ生命はこれほど長く陸に上がれなかったのか。それは、当時の陸地が、私たちが知る「大地」とは似ても似つかない、死の世界だったからです。

そこには、フカフカの土もなく、ただ、むき出しの岩盤がどこまでも広がっていました。オゾン層もまだ不完全な空からは、生物にとって有害な紫外線が容赦なく降り注ぎます。雨が降れば栄養分はすぐに流れ去り、乾けば砂漠のように乾燥する。まさに、生命にとっての「地獄」でした。

このあまりにも過酷な環境に、最初に挑んだのは、単独のヒーローではありません。植物と菌類という、二人の協力者による「共同作戦」だったのです。

なぜ植物と菌類は「共同作戦」を取り上陸に挑んだのでしょうか?

植物は、光合成により自力ではエネルギー(糖分)を生み出せますが、岩だらけの大地から、どうやってリンなどの栄養分を摂取すればいいか、という大きな壁にぶつかっていました。

一方、菌類は、酸などを分泌して岩石を溶かし、ミネラルを吸収する「化学的な能力」に長けていましたが、光合成ができないため自力ではエネルギー(糖分)を生み出せません。

ここで両者が手を組みます。菌類が「拡張された根」となって植物にミネラルを供給し、植物はその見返りに、光合成で作ったエネルギー(糖分)を菌類に分け与えることで互いの悩みを互いの能力で解決しました。

第2章:第二次上陸部隊 〜小さな鎧の戦士たち、節足動物〜

植物と菌類が作り出した「緑のカーペット」は、地球に新しい舞台を生み出しました。

当時の海が、すでに熾烈な生存競争(弱肉強食)の舞台となっていたのに対し、陸上はまだ、ほとんど競争相手のいない、無限の可能性を秘めたフロンティアでした。そこには、隠れ家となるフカフカの土があり、食料となる植物がある。かつての「地獄」は、小さな開拓者たちにとって、魅力的な「新大陸」へと姿を変えたのです。

この約束の地に、動物として初めて足を踏み入れたのが、第二次上陸部隊「小さな鎧の戦士たち」、節足動物でした。

現在でも、海と陸の間にフナムシを見たことのある方もいらっしゃるかと思います。まさに彼らが住む「潮間帯(ちょうかんたい)」、つまり潮が満ちると海に沈み、引くと陸になるエリアこそ、節足動物が陸を目指すための最高の「トレーニングジム」でした。

上陸へのステップは、以下のように進んだと考えられています。

  1. 呼吸方法の獲得: まず、海から時々上がるためには、空気中でもある程度呼吸ができる必要があります。カブトガニが持つ「書鰓(しょさい)」のような、ヒダ状で水分を保ちやすいエラを持った祖先が、陸にいる時間を少しずつ延ばしていったのでしょう。フナムシも、腹部に水分を保持することで、陸上で呼吸をしています。
  2. 乾燥との戦い: 外骨格は乾燥を防ぐのに役立ちましたが、それでも長時間陸上にいると干からびてしまいます。そのため、最初はフナムシのように、湿った海藻の陰や岩の隙間に隠れながら、活動範囲を広げていきました。
  3. 食料の確保: 潮間帯の岩に付着した藻類や、微生物のマット(バイオフィルム)は、彼らにとって最初の「陸上の食料」となりました。
  4. 繁殖場所の確保: 最初は、産卵などの繁殖活動は、カニのように海に戻って行っていたと考えられます。陸上で完全に生活環を完結できるようになるには、さらなる進化が必要でした。

こうして小さな鎧の戦士たちは、植物と菌類が築いた大地を受け継ぎ、陸という新大陸の最初の「動物の王」となったのです。 しかし彼らは、まだ知りませんでした。この星の物語の本当の主役が、我々の直接の祖先が、すぐそこまで迫っていることを。

第3章:第三次上陸部隊 〜我らが祖先の登場〜

「ティクターリク」という生物を知っていますか?我々人類にとっても重要な祖先です。

我らが祖先が持っていたヒレは、現在の魚で言えば、「生きた化石」として知られるシーラカンスのヒレによく似ていました。それは、タイやアジのような、薄い膜状のヒレではありません。付け根にしっかりとした肉と骨があり、まるで私たちの腕や足の原型のような、たくましいヒレでした。この丈夫なヒレがあったからこそ、彼らは水底を這い、浅瀬を移動し、そしてやがて、その体を陸上で支える第一歩を踏み出すことができたのです。

「ティクターリク」をはじめとする我々の祖先は、その丈夫なヒレを、重力に押しつぶされそうになる体を支える「足」として使い始めました。空気中では役に立たないエラに代わり、原始的な「肺」で必死に息を吸い、皮膚が干からびる恐怖に耐えながら、一歩、また一歩と、陸という新世界にその痕跡を刻んでいったのです。

何千万年もの時間をかけた進化の末、ついに陸上への本格的な第一歩を記した彼ら。その目に映ったのは、生命のいない、手つかずの楽園だったはずでした。

しかし、彼らを待っていたのは、静寂な新世界ではありませんでした。 彼らがそこで耳にしたのは、風の音でも、波の音でもない。 カサカサ、カサカサ…。無数の「何か」が、大地を歩き回る音だったのです。

そう。そこには、自分たちより数千万年も先に上陸を済ませ、この陸上世界を我が物顔で支配する、大先輩の姿がありました。 ――小さな鎧の戦士たち、節足動物です。

苦労の末にたどり着いた約束の地は、すでに先住民によって、完全に征服されていたのです。

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