失われる「国の個性」〜なぜ今、言語と文化の多様性を守るべきなのか〜

多様性

全世界を襲ったコロナパンデミック。なぜ国によってロックダウンの厳しさやマスクの考え方、経済支援策はあれほどまでに違ったのでしょうか? 一見、バラバラに見えるこの各国の対応こそが、人類全体が未知のウイルスという危機を乗り越えるための、壮大な『適応実験』であり、我々の種が持つ多様性という名の生存戦略そのものだったのです。

しかし今、グローバル化の波の中で、このかけがえのない「国の個性」が静かに失われようとしています。それは人類にとって、一体何を意味するのだろうか。この記事では、その答えを探ります。

第1章:国家の魂は、その「言語」に宿る

言語は単なる伝達ツールではありません。その国が長い歴史の中で培ってきた価値観、文化、そして集合的記憶が宿る「魂」そのものです

「言語的相対性」という考え方があります 。これは、人が話す言葉が、その人の思考や世界の見え方に影響を与えるというものです

  • 色の認識: ある言語には特定の色を表す単語が豊富にあり、別の言語にはない、ということがあります。研究によれば、母語に存在する色の名前は、その色の記憶のしやすさに影響を与えることがわかっています 。
  • 思考の構造: 例えば、英語と日本語では、動詞の表現方法が異なります。この違いが、ある出来事に対する原因や責任の所在についての認識に、微妙な影響を与える可能性があるのです 。

つまり、国家が自らの言語で深く考え、議論することこそが、その国ならではの独自の発想や解決策を生み出す源泉と言えます。言語の多様性とは、いわば人類が持つ『思考の道具箱』の豊かさそのもの。道具が多ければ多いほど、私たちはより複雑で難解な問題をも解決できるのです。

第2章:人類を救った「多様な国家」という名の実験場

生物の世界では、遺伝子の多様性が、種を絶滅から守る最後の砦となります。そして、COVID-19パンデミックは、これと全く同じ『多様性の力』が、国家という単位においても機能することを証明した、人類史上、類を見ない巨大な社会実験でした。

各国が、自らの価値観や状況に基づき、ロックダウン、経済支援など多種多様な政策を試しました 。それは、人類全体から見れば、最も有効な針路を探すための壮大な「試行錯誤のポートフォリオ」だったのです

一つの「正解」に固執せず、多様な国家が多様な挑戦をしたからこそ、私たちは多くの成功と失敗からリアルタイムで学び、集団としての生存能力(レジリエンス)を高めることができました 。これは、刻々と変わる状況に対応する「適応的ガバナンス」の重要性を示しています

第3章:静かなる脅威 ~「均質化」が多様性を破壊する~

しかし、この人類の強みである「国家の多様性」が、今、危機に瀕しています。その要因の一つが、安易な多文化の混合や、特定言語への一元化がもたらす「均質化」です。

  • 言語政策のパラドックス: 国家の統一を目指す言語政策は、諸刃の剣になりえます。共通語は国民に一体感をもたらす一方で 、使い方を誤れば、少数言語の話者を疎外し、社会的な対立や文化の侵食を引き起こす可能性があるのです 。
  • 均質化の代償: フランスの厳格な単一言語政策は、国民の統一を強化した半面、地方の豊かな言語や文化を抑圧してきたという側面も指摘されています 。これは、それぞれの文化が持つ固有の価値や知恵が薄まってしまうリスクを示唆します。
  • 失われる独自性: グローバル化の中で、英語のような支配的な言語が普及することにより、世界中の小規模な言語が消滅の危機に瀕しています 。言語が一つ失われることは、単に言葉が消えるだけでなく、その言語にしか宿っていなかった独自の知識体系や世界観が、人類の遺産から永遠に失われることを意味するのです 。

私たちは今、安易に「多様性を混ぜ合わせる」のではなく、それぞれの「国家単位の多様性」が失われることの危うさにもっと目を向けるべきではないでしょうか。それは、未来の危機に対応するための『思考の道具箱』から、最も重要な道具を自ら捨て去る行為に他ならないのですから。

おわりに:真の国際貢献とは何か

これからの時代、日本が世界に真に貢献できる道とは何でしょうか。それは、世界標準に自分たちを合わせることだけではないはずです。

むしろ、日本語で深く考え、日本人としての独自の価値観や発想を研ぎ澄まし、世界が直面する課題に対して「日本ならではの解決策」を提示することではないでしょうか。

多様な国家が、それぞれの『個性』という名の灯火を掲げ、互いの光で未来への道を照らし合う。それこそが、人類全体がより強靭で豊かな未来を築くための、唯一の道です。そして、その灯火に最初の火を灯すのは、いつだって一人の人間の『なぜ?』という問いと、『こうありたい』という願いなのです。

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