沖縄県、那覇市小禄(おろく)。 私の故郷にある、ごくありふれた地名だ。しかし、ある時、この「おろく」という響きが、沖縄独特のイントネーションを乗せると「ウルク」と聞こえることに、ふと気がついた。
その瞬間、頭の中に一本の線が引かれた。遥か7000km以上離れた中東の地、現代のイラク共和国へ。そして、人類史の黎明期、そこに存在したという伝説的な古代都市へと。
一つの偶然の「音の響き」から始まる、時と空間を超えた知の冒険。今回は、人類最初の都市の記憶が、現代にどう受け継がれているのか、その壮大な謎を解き明かす旅に出よう。
第1章:響き合う名前の謎 – 沖縄の「オロク」と古代の「ウルク」
沖縄方言が呼び覚ました古代の記憶
全ての始まりは、本当に些細なことだった。会話の中で何気なく発せられた故郷の地名「小禄」が、その日の私には、なぜか「ウルク」という、まるで異国の呪文のように響いたのだ。
その音は、私の記憶の奥底で眠っていた、ある古代都市の名前と奇妙に重なった。シュメール人が築いた、人類最古の都市「ウルク」。 まさか、そんなはずはない。沖縄とメソポタミア。地理的にも、時代的にも、あまりに突飛な発想だ。そう打ち消そうとすればするほど、思考はさらに深みにはまっていく。 だが、もし。この「ありえない」と感じる感覚こそが、歴史の巨大な断絶によって失われた、何か重大なミッシングリンクを指し示しているとしたら…? そう考えた時、かつてインターネットの片隅で目にした、ある壮大な都市伝説が、にわかに現実味を帯びて目の前に立ち上がってきたのだ。
喜界カルデラの大噴火が引き金?壮大な都市伝説「シュメール=日本人説」
「古代メソポタミア文明を築いたシュメール人は、実は日本人だったのではないか」 インターネットの片隅で、まことしやかに語られるこの都市伝説。日本語とシュメール語の文法構造の類似性や、文化的共通点を根拠とする、荒唐無稽とも思える説だ。
しかし、この伝説に、約7300年前に起きた鹿児島沖の「喜界カルデラ」の大噴火という、具体的なカタストロフを結びつけると、にわかに壮大な物語が立ち上がる。
——九州南部の縄文文化を壊滅させた巨大噴火。故郷を追われ、舟で海へ逃れた人々がいた。彼らは黒潮を乗り継ぎ、あるいは西へ西へと安住の地を求め、数世代にわたる大漂流の果てに、ついに肥沃な三日月地帯、メソポタミアにたどり着いた。そして、故郷の記憶を元に、人類史上誰も成し得なかった「都市」を築き上げたのだ——。
これが、単なる空想の産物なのか、それとも、あり得たかもしれない過去の物語なのか。その答えを求めるように、私たちは歴史の海へとさらに深く潜っていく。
第2章:イラクの語源 – 古代都市ウルクの正体
人類史を変えた「世界で最初の都市」
妄想の旅から、一度、確かな歴史の地平へと降り立とう。 紀元前4000年頃、メソポタミア南部のユーフラテス川のほとりに、ウルクは誕生した。それは、人類が初めて経験する「都市」だった。
神殿を中心に、王や書記、職人や兵士といった、多様な階級の人々が数万人規模で暮らす。周囲は外敵の侵入を防ぐための壮大な城壁で囲まれ、計画的に設計された灌漑システムが、豊かな農作物の収穫を支えていた。人類はここで初めて、自然の気まぐれから自らを守り、安定した社会を運営するという、革命的な発明を成し遂げたのだ。
「文字」と「英雄の物語」が生まれた場所
ウルクのもう一つの偉大な発明は「文字」である。それは、人類という種に、初めて「記録」と「伝達」というOS(オペレーティングシステム)をインストールする、一大事業だった。 神殿への奉納物を管理するために粘土板へ刻まれた絵文字は、やがて複雑な概念や物語を記述できる「楔形文字」へと進化する。
そして、文字は物語を生んだ。人類最古の英雄叙事詩『ギルガメシュ叙事詩』。その主人公である伝説的な王ギルガメシュが治めたのが、このウルクなのだ。ウルクは、単なる人々の集積地ではなく、人類の「知性」と「物語」が結晶化した、最初の場所だったのである。
第3章:ウルクからイラクへ – 数千年の時を超えた伝言
古代ペルシャ語が繋いだ点と線
では、この古代都市「ウルク」は、現代の国名「イラク」へと、どのようにその名を受け渡したのだろうか。その謎を解く鍵は、言語の変遷にある。
ウルクの名は、旧約聖書では「エレク」として登場する。その後、この地を支配したアケメネス朝ペルシャの時代、この地域はペルシャ語で「下の土地」を意味する「エラーグ(Eragh)」と呼ばれるようになった。この「エラーグ」が、アラビア語に取り入れられ、定冠詞の「アル(Al-)」が付くことで「アル・イラク(Al-Iraq)」へと変化したというのが、最も有力な説だ。
現代に受け継がれた古代の響き
シュメール、アッカド、バビロニア、ペルシャ、イスラーム帝国…。 数多の文明が勃興と衰退を繰り返し、幾多の戦乱がこの地を駆け抜けた。しかし、その全ての時代のうねりを超えて、「ウルク」という最初の都市の響きは、形を変えながらも、現代の国名として奇跡的に生き残ったのだ。
結論
沖縄の地名「小禄(おろく)」と古代都市「ウルク」。この二つを直接結びつける歴史的な証拠は、おそらく、ない。喜界カルデラから逃れた縄文人がシュメール人になったという話も、証明する術のない、壮大な都市伝説の域を出ないだろう。
しかし、私たちは知っている。遠く離れた点と点を結びつけ、そこに意味や物語を見出そうとする、抑えがたい人間の知的好奇心を。その想像力こそが、私たちを過去へと旅立たせ、未来を創造する力となってきたのではないだろうか。
偶然の音の一致に、時空を超えた物語の可能性を感じ取る。その知的な興奮こそが、この謎解きの旅が私たちに与えてくれる、最高の贈り物なのかもしれない。
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