令和の米騒動、真犯人の名は──官製談合

社会構造・経済システム

序章:劇場は、突然に。

2025年、日本の食卓を揺るがした「令和の米騒動」 。高騰を続ける米価を前に、市場が固唾をのんで見守る中、一人の大臣が動いた。小泉農林水産大臣。彼が放った「海外からの緊急輸入」という一言は、膠着した市場を破壊する神の一手か、それとも禁じ手か 。後に「小泉劇場」とも評される改革の幕は、こうして切って落とされたのだ

その言葉の威力は絶大だった。大臣が「聖域なくあらゆることを考えて米価格の安定化を実現していく」と表明すると、主要銘柄米のスポット取引価格は、玄米60kgあたり4万円台後半から4万円台前半へと急落した

そして、魔法のように、スーパーの棚から消えていた米が突如として現れ始めた 。これは単なる偶然ではない。大臣の「備蓄全部出す」という強い意志が、価格のさらなる上昇を見込んで在庫を抱える「売り惜しみ」の心理を破壊し、一斉放出へと走らせた結果だった

国民は「金儲けのために在庫を隠していたのか」と怒りの声を上げた 。だが、問題の本質は、個々の業者の倫理観よりも根深い場所にある。そもそも、なぜ市場は自らの力で問題を解決できず、一人の大臣の「鶴の一声」にすべてが左右される、これほどまでに脆い状態に陥っていたのか?

その答えを探る旅は、私たちが当たり前だと思い込んでいる「常識」を疑うことから始まる。

第1章:犯人は誰だ? 〜メディアが創り出した「パニック」の嘘〜

「前代未聞の米価高騰!」──テレビや新聞はそう叫び、私たちの不安を煽った。しかし、それは本当だろうか?

一歩立ち止まり、歴史という名の鏡を覗き込んでみよう。農業ジャーナリスト・浅川芳裕氏の分析によれば、今回の価格高騰は、決して「前代未聞」ではない。米価が最も高騰したのは1995年。当時と比べれば、現在の価格は突出したものではないのだ。

では、なぜ私たちはこれほどのパニックに陥ったのか。本当の問題はどこにあったのか。

浅川氏が指摘するのは、2023年の記録的猛暑が引き起こした、米の「質の低下」だ。収穫量(量)は平年並みでも、高温障害で白く濁った「白未熟粒」が増え、スーパーに並べられるレベルの一等米(質)が激減した。農林水産省が発表する「作況指数」は、この「質」をほとんど考慮しないため、実態を正確に反映していなかったのだ

つまり、質の良い米が少なくなったのだから、その価格が上がるのは、市場が正常に機能している証拠に他ならない。

にもかかわらず、政府の取った対策は、この市場原理を無視するものだった。新車のフェラーリが品薄で高騰しているからといって、2年落ちの中古のカローラを市場に放出して「さあ、これで安心でしょう」と言うようなものだ。新米の価格を抑えるために、古い備蓄米を放出するというズレた対応は、問題の本質を見誤っていた何よりの証拠である。

メディアが創り出したパニックと、政府の的外れな対応。しかし、それらもまた、この国の農業が抱える、より巨大な「病巣」が生み出した症状に過ぎなかった。

第2章:亡霊の正体 〜法なき減反と骨抜きの改革史〜

米不足の真犯人。それは、自然現象でも、農家の怠慢でも、業者の悪意でもない。

その名は、「減反政策」。

聞こえは良いが、その実態は、国が主導し、農家に補助金を支払って「米を作らせない」ように調整する、巨大な「官製談合」である。

この政策の起源は、戦時中の1942年、東條内閣下で制定された「食料管理法(食管法)」にまで遡る 。政府が米の生産から消費まですべてを統制し、農家から米を安く買い叩いたこの法律は、国民を飢えさせ、日本の国力を内側から削いでいった

戦後、食管法は形を変え、自民党政権下で「農家から米を高く買い、都市部に安く売る」という、農家の票田を確保するための手段となった 。この逆ザヤは「食管赤字」を生み、1980年代には毎年1兆円もの赤字を垂れ流した 。この悪名高き食管法は1995年にようやく廃止され、米の自由化が始まったはずだった

だが、その亡霊は「減反政策」という名の新しい衣をまとい、生き永らえていたのだ。

国が需要を予測し、JA(農協)を通じて各農家に生産量を割り振る。まるで社会主義国の「人民公社」のようなこのシステムは、米の供給を人為的に減らし、価格を維持するための巨大なカルテルに他ならない 。米以外の作物への転作を促すため、作物を植えただけで収穫しなくても補助金がもらえる、といった信じがたい制度まで存在する。 法律という名の棍棒を失った農水省が次に手にしたのは、「行政指導」という名の見えざる手と、「補助金」という名の甘い蜜だった。「協力をお願いします」という名の事実上の指示に従う者だけが、補助金という恩恵を受けられる。こうして、法的な強制力なしに生産量をコントロールする、巧妙な支配システムが完成したのだ。

この「事実上の減反」体制に、再びメスが入るのが2018年。 TPP協定を見据え、国際競争力のある農業を目指す安倍政権が、「減反政策の廃止」を宣言したのだ。大規模で意欲ある農家が自由に米を作れるようにする──その理想は、輝いて見えた。

しかし、その改革は、長年のシステムに寄生する抵抗勢力──省益を守りたい農水省、そして巨大な支持母体と利権を持つ農協(JA)と自民党農林族議員──によって、骨抜きにされてしまう。 「減反廃止」という看板は掲げられた。だが、その裏では「水田活用直接支払交付金」という、より強力な補助金制度が温存・強化されたのだ。「主食用米を作らない農家」に、より手厚い補助金を出すこの仕組みによって、亡霊は再び生き永らえた。

自らの食料供給を、補助金を使ってわざわざ減らす。これが、日本の食料安全保障を根幹から脆弱にし、今回の「騒動」の引き金を引いた、病巣の正体である。

第3章:病巣の解剖 〜「減反政策」という官製談合〜

歴史という名の亡霊が、今なおこの国にどのような形で憑依しているのか。その病巣の正体、すなわち「補助金が育てる官製談合」の現代的なカラクリを、白日の下に晒していこう。

そして、その根底には、国が「規制緩和」の旗を振りながらも、決して手放そうとしない強固な「岩盤規制」の存在が見え隠れする。その矛盾の象徴こそが、地方の農地を支配する「農業委員会」の姿なのだ。

この「絵に描いた餅」に終わった改革の根源には、日本の農業が抱えるいびつな「二極化構造」がある。農業生産の実に8割は、売上1000万円以上の、意欲ある「プロ農家」が担っている。彼らは、日本の農業人口が激減する中で、創意工夫と大規模化によって生産性を向上させてきた、いわばこの国の食を支える英雄だ。

その一方で、残りの9割は、赤字経営の「兼業農家」である。そして、現在の補助金制度は、この赤字農家を延命させる方向に、強く作用しているのだ。

「水田活用直接支払交付金」──この補助金は、主食用米の代わりに飼料用米や麦、大豆などを作付けした農家に支払われる。収穫すらしない「捨て作り」でも補助金が出るケースさえあるこの制度は、非効率な農家を市場原理から保護する温床となっている。

これが、「補助金が育てる官製談合」の正体だ。意欲と能力のあるプロ農家が、自由に米を作って収益を上げようとしても、補助金で維持された大量の零細農家が生産調整に協力するため、市場全体の供給量が抑えられ、米価は不自然に維持される。そして、その蜜を吸うのが、農家を組織し、補助金申請の窓口ともなる地域のJA(農協)や、彼らと密接に繋がる農業委員会なのである。

「規制緩和」の美名のもとに、プロ農家の自由な競争を阻害し、旧来の利権構造を補助金によって温存する。これこそが、岩盤規制の本当の姿なのだ。

第4章:連鎖する悲劇 〜やる気を失う「救世主」たち〜

では、この「補助金が育てる官製談合」という歪んだシステムは、一体、誰を最も苦しめているのか。 その矛先が向かうのは、皮肉にも、この国の食を支える、あの「救世主」たちである。

2023年の異常気象による米の「質の低下」と、それに伴う「価格の上昇」。それは、本来であれば、不作のリスクを乗り越えるための、市場からの正当な報酬のはずだった。 しかし、病巣に冒された政治の介入は、そのささやかな希望さえも打ち砕く。

この介入が、誰の心を最も深く傷つけたか。それは、日本の農業生産の8割を、たった1割の農家で担っている「プロ農家」たちだ 。

彼らは、補助金に頼らず、大規模化、機械化、品種改良によって、この60年で一人当たりの生産性を50倍近くにまで高めてきた、日本の農業の「救世主」だ 。彼らは、不作で収量が減る年には米価が上がることで、なんとか収入のバランスを取ってきた

しかし、政府の介入は、その最後の命綱を断ち切る行為に等しい。「不作で米価が上がるのは許せない」と、彼らの努力の成果を一方的に奪い去ろうとするのだ

評論家の江崎道朗氏は、この理不尽さを喝破する。「トヨタの車が今1000万円で高すぎるから600万円で売れと言って通るのか。家の値段が高すぎるから2000万で売れと政府が言って、大工が家を作るようになるのか。ならないよね」 。

米だけが、政府の都合で価格を決められる。 官製談合のシステムを守るために、未来を担うはずの救世主たちのやる気を削ぎ、その魂を砕く。これ以上の悲劇があるだろうか。

終章:破壊の先にある創造 〜日本米よ、和牛を超えろ〜

令和の米騒動は、悲劇ではない。 それは、旧時代のシステムが終わりを告げ、新たな時代が生まれ出ずるための「創造的破壊」の序曲である。

では、破壊の先に、何を創造すべきか。 経済評論家の上念司氏らが提言する未来への処方箋は、明確かつ大胆だ。

  1. 官製談合の完全解体: 「人民公社」たる減反政策と、それに連なる補助金を全て廃止する 。
  2. 市場の完全解放: 戦時統制以来、禁じられてきた「米の先物取引」を全面解禁し、価格の乱高下を市場自身の力で抑制させる 。
  3. 真の自立へ: 農家を「補助金くれと甘える存在」から解き放ち、自由な市場競争の中で、自らの才覚で稼ぐ「経営者」へと変貌させる 。

この荒療治の先に待つ未来。その輝かしいモデルが、私たちの目の前にある。「和牛」だ。

かつて、多くの和牛農家が淘汰の苦しみを味わった。しかし、生き残った1割の農家は生産性を10倍にし、今や「WAGYU」は世界が認める最高級ブランドとなった

日本の米も、和牛になれる。 「人民公社みたいなこと」をやめれば、高品質な米は国内だけでなく、世界的な日本酒ブームや健康志向を追い風に、巨大な輸出産業になるポテンシャルを秘めているのだ 。小泉大臣自身が「民間の競争の力はすごい」と認めたように、その未来を実現するエンジンは、政府の統制ではなく、自由な市場の活力に他ならない

今、私たちに必要なのは、過去への感傷ではない。市場の力を信じ、自由な挑戦者を応援する、未来への覚悟だ。 今、私たち一人ひとりに問われているのは、過去への感傷ではない。市場の力を信じ、自由な挑戦者を応援する、未来への覚悟だ。


参考文献

コメント

タイトルとURLをコピーしました