生命はどこで生まれたのか?多くの人が「海」と答えるでしょう。
しかし、話はそれほど単純ではありませんでした。
生命が誕生するためには、ただ海があるだけでは不十分だったのです。
生命が産声をあげるためには、ただ広大な海があるだけでは不十分だったのです。その舞台には、第二、第三の主役——揺るぎない『大陸』と、偉大なる指揮者『月』——の登場が不可欠でした。 今回は、生命が誕生する以前の、原始の地球で繰り広げられた壮大な舞台設定の物語です。
第1章:第一の役者~原始の海の誕生~
今から約46億年前。誕生したばかりの地球は、私たちが知る青い星の姿とは似ても似つかない、まさに「冥府」のような世界でした。
地表はドロドロに溶けたマグマの海「マグマオーシャン」に覆われ 、無数の隕石が絶え間なく轟音を上げて降り注いでいました 。その名も「冥王代」。文字通り、灼熱と破壊が支配する時代です。
降り注ぐ隕石が放出したガスによって、二酸化炭素や水蒸気を主成分とする原始のベール、「原始大気」が形成されました 。そして、地球が宇宙空間に熱を放ち少しずつ冷えていくと、大気中の膨大な水蒸気がついに凝縮し、数百年、数千年とも言われる豪雨となって地表に降り注いだのです 。
永遠に続くかと思われた轟音と熱気の時代は、終わりを告げます。降り続いた雨が、地球の荒ぶる魂を鎮めるかのように、すべてを洗い流していったのです。こうして、灼熱のマグマオーシャンは次第に冷やされ固い地殻となり、この物語の最初の役者である、広大な「原始海洋」が誕生しました。
驚くべきことに、この最初の海は、しょっぱい海水ではありませんでした。何億年も降り続いた雨からできた、巨大な「真水の海」だったのです。 海の塩分は、この後、陸の岩石から少しずつ溶け出し、長い時間をかけて蓄積されていくことになります。
第2章:第二 第三の役者「陸」と「月」 〜奇跡のアンサンブルへ〜
生命誕生の舞台は、「暗い深海」から、「太陽の光と地熱のエネルギーが降り注ぐ、火山島の温泉や湖」へと、そのイメージが大きく変わりつつあります。「陸」があったと考えられる証拠が見つかったのです。では、一体どうやって科学者たちは、40億年以上も前の陸地の存在を突き止めたのでしょうか?そこには、地球自身が残した、雄弁な三つの物証がありました。
- 最古の鉱物からの証拠: 西オーストラリアで見つかった約44億年前の鉱物「ジルコン」の化学組成を分析したところ、その形成には液体の水だけでなく、風雨にさらされて風化した「大陸のような地殻」の成分が必要だったことが示唆されています。これは、当時すでに海面上に顔を出していた陸地が存在したことを示す間接的な証拠です。
- 最古の岩石の存在: カナダで見つかっている約40億年前の「アカスタ片麻岩」のような岩石は、海の底でできる「海洋地殻」ではなく、大陸を構成する「大陸地殻」です。このような古い大陸地殻が今も残っていること自体が、当時すでに安定した陸地が存在した可能性を示しています。
- 地球モデルの更新: 当時の地球はマントルの温度が現在より高く、その熱によって地殻が押し上げられ、陸地ができやすかったとする研究もあります。また、地球内部に取り込まれる水の量が現在と異なり、結果的に当時の海の総量が今より少なく、陸地が露出しやすかったというシミュレーション結果も出ています。
では、なぜそんな陸地の存在が重要なのでしょうか?
それは、ダーウィンが提唱した「温かい小さな池」という生命誕生の仮説と結びつきます。陸上の温泉や湖のような場所は、
- 化学物質の濃縮: 雨が降っては蒸発し、というサイクルを繰り返すことで、生命の材料となる様々な化学物質が濃縮されやすい。
- 多様なエネルギー: 太陽光、雷、地熱など、多様なエネルギーが利用できる。
- 乾湿の繰り返し: 乾いたり濡れたりという環境の変化が、単純な有機物から複雑な有機物(生命の素)への化学反応を促進した可能性がある。
しかし、この繊細な化学反応を、気まぐれな一回限りのイベントではなく、何億年もの間、極めて正確なリズムで演出し続ける存在が必要でした。ここでついに、第三の役者にして、この壮大なアンサンブルの指揮者、『月』が舞台に登場します。
月が引き起こす潮の満ち引きは、火山島の岸辺にある「潮だまり」に、毎日決まった時間に新鮮な材料(海水中のミネラルや有機物)を運び込み、そして太陽の熱と共にそれを蒸発させ、化学反応の舞台を整えました。
さらに月は、その強大な重力で地球の地軸を安定させ、気候が極端に変動するのを防ぐという、生命が生まれ、そして生き続けるための「安定した揺りかご」としての役割も果たしていたのです。
第一幕の主役である『海』という潤沢な材料が満ち、第二幕の主役『陸』という化学反応の器が用意され、そして偉大なる指揮者『月』が完璧なリズムを刻むことで、生命誕生という奇跡のアンサンブルの準備が、ついに整ったのでした。
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